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シングルパパ雪次郎の部屋

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断片的な思い出は自分にとって結構重要だったりする。思い出しては瞬間瞬間メモしていこうと思う。自分ごときがやることではないが、何かの参考ししてもらえれば幸いであります。

お父さんの車

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もうすぐ君の中学1年ぺの生活が終わろうとしている。
この一年間いろいろあった。
君の変化の中でおもしろい部分がいろいろある。その一つだが、君は小6くらいまでは、お父さんの車に乗ることを嫌がった。お父さんの車は野菜配達用の車なので軽のワンボックスカーなのだが、中古しか買わないことにしているので、いつもところどころ錆が浮いている軽のワンボックスカーでる。私はローンを組むのが嫌いな性格なため、車は前回も今回もそうなのだが、現金で買える範囲のものしか買わない。なのでお世辞にも格好のいい車ではないのである。そんな車に有希は乗るのが嫌だったみたいだ。ボロい車にお父さんと一緒に乗っているところを同級生の男子などに見られるのが嫌で嫌でしょうがないという、そんな気持ちではなかったのだろうかと思う。確かにそうだろう、同級生の子達の今どきの家庭は君から見ると、ほとんどいい車に乗っているように見えたように思う。
君がよくこんなことを言った。

「ねえ おと 今度さ、今度さ、車を買うときはさぁ、うちの意見も尊重にしてね ね !」

などと言っていた。

「ボロい車に乗せてしまって、すまんね、君がはずかしいという気持ちはもちろんわかるよ、わかるに決まってんだけどさ、でもしょうがないんだよ、すまんね」
と、心の中でつぶやきながらも、子供に対しては封建的な方針のお父さんである自分はというと、

「うちはよ 余裕がねーんだよ だからよ しょうがねーんだよ バカヤロー」

などと、いつものことだが、乱暴な返事をぶつけていた。
が、しかし、中1の冬になったくらいの頃からだろうか、そんな時分から、お父さんの配達用の車に乗るのを嫌がらなくなった。
何が、何をして、君をそうさせたのだろううか。誰に出会って、どんうな風に影響されてそうなったのだろうか。それはお父さんからみて非常に不思議な変化だったのだ。あれだけお父さんの車に乗るのが嫌だったはずなのに、でも露骨に嫌がるとお父さんに悪いと思うのだろう、表面的には繕って、繕うけれども、それでも嫌なものは嫌だという気持ちに支配されてしまう、そんな葛藤と必死になって戦っている助手席の君を、そんな気持ちの、そんな君の意識の塊みたいなものを、左の横で、それこそお父さんは意識しながら車を運転していたものだ。
でも君はお父さんの車に乗ることを嫌がらなくなった。なぜなんだろうか。
そんな変化を、とてもおもしろいと感じさせてもらっている。