2011年7月アーカイブ

泣いても笑っても中連。

泣いても笑っても3年生最後の中連がやってきた。

1日目、7月6日水曜日、団体戦。



永山〇中と4ー1で 勝ち

〇門中と 5ー0で 勝ち

広〇中と 4ー1で 勝ち



(予選は一位通過)





準々決勝は我が〇合中はAブロック予選1位の特典のためシード(この時点で上〇代表(カミダイ)が決定)

準決勝 旭〇中と 3ー1で勝ち

決勝  東〇中と 3ー1で勝ち



んで、優勝でした。



ベスト4までが上代にいけるので、大会途中で上代行きが決定した。決定した瞬間、喜ぶものはいなかった。目標は優勝だったからだと思う。

今年は上代に行くのが当たり前田のクラッカーだったが、去年、確実に行けるものだと思い油断していたら、まさかの負け越しで予選敗退だった。そのため気の引き締めが功を奏したみたいだ。またついこの前の団体戦で優勝を逃しているため、皆必死で調整して試合に臨んだ後がうかがえた。



卓球は何があるかわからないのだ。



結果だけ見ると、快勝した感じがあるが、どうしてどうして、かなり苦しめられた試合内容だった。

皆最後の中連というだけあって、必死なのだ。敵の最後のかなりはげしい抵抗に合ったといった感じだった。

なので内容は接戦が多かった。18対18(ディースが7回)とか、そんな白熱したゲームが多かった。

しかし接戦を制したのは、一年生の時から場数を踏んでいる我が〇合中チームだった。接戦で力を発揮させる、そんな底力が伝わってきた,そんな気がした。



団体戦の最後の決勝だが、勝敗の行方はダブルスに委ねられた。

かなりの苦戦だった。1セットとり、1セット取られ、そして1セット取り、1セットを取られた。

2ー2となったファイナルセット、ポイントが6ー5で向こうリードになった瞬間、我が〇合中のコーチがタイムを要求した。

その後、試合の流れが変わった。ナイスタイムだった。

その後、接戦ではあったが、負ける気がしなくなった2人の様子が伺えた。

点数が11点に達した時、ダブルスは勝利し、イコール優勝の瞬間だった。

ダブルスの片方の子は号泣した。感きわまったのだろう。タオルに顔をしばらくうずめたままだった。



1つ目の目標である旭川予選優勝をクリアした。次の目標は上代優勝(全道出場)である。



いつもベスト4に名を連らねている神居〇中はまさかの予選敗退。

いつも予選落ちばっかの広〇中や緑ヶ〇中はこの1月くらいの間に突然強くなり、決勝トーナメントに参戦してきた。



上代の参加は 〇合中、東〇中、常〇中、旭〇中。





さて、



大会2日目木曜日 個人戦



有希の戦績 



シードで2回線からだった。



2回戦 東〇中のなんとかさんと 3ー0で勝ち

3回戦 常〇中の原〇さんと   3ー2で勝ち(危なかった)

4回戦 〇門中の塚〇さんと   3ー1で勝ち



準々決勝 東〇中の斉〇さんと 3ー2で勝ち(負けるところだった。冷や冷やだった。)

準決勝 付〇中の都〇さんと  1ー3で負け



結果は3位、ベスト4だった。(目標クリア)





ベスト8までが上代に行けるので、ま 良し良しではないかと思う。

準決勝 付〇中の都〇さんは逆立ちしても勝てる相手ではない。なので有希が1セットとれたのは奇跡的だった。



去年有希はベスト8だった。なので成績は1つ上がっただけだなのだが、2年生だった去年が奇跡だったというか、去年のくじ運が恐ろしいほど強運だったと一年経ち振り返って思う。



次の目標は上代ベスト8(全道出場)である。



残念な結果報告になるのだが、我が〇合で個人戦での上代出場はまさかの有希だけだった。

優勝チームなのに、まさかのまさかである。同じチームメート2、3人くらいが一緒に行ける予想を立てていたので残念でしょうがない。

皆、昨日の死闘の疲れが出たのかもしれない。また団体戦で上代に出場できることが決まったため、気が揺るんでしまったのかもしれない



。準優勝チームからも上代決定者は1人だけしかいなかった。でもこの傾向は毎年見られる傾向なのである。



目立ったのは、昨日の団体戦で上代を逃したチームの選手が多いことだ。昨日早々と負け、その後すぐ学校に帰って、負けた気持ちをバネにして卓球の玉を打って打って打ちまくって調整してきたような様子だった。負けたエレルギー恐るべしである。



本日の有希は危ない試合が多かった。よく勝ち進んだなぁという印象だ。

本日旭川は30度を超えた。その暑さも手伝って、有希の危なっかしい試合はお父さんの体から汗を噴出させた。



今日ほど、祈った日はない。無信仰な自分だが、クリスチャンのマネをして右手と左手をがっちり結びつけたままだった。

祈りのポーズだと人にバレるのが恥ずかしいため、ギャラリーの木製の手すりの上に握った両手の固まりを置き、もたれかかることで祈りのポーズがばれないようカモフラージュした。



祈ったのには理由があった。



娘の応援の目的もさることながら。実は中連の大会の前夜、(団体戦の前日の夜)、自分は有希を怒鳴りつけてしまったのだ。



我が家の恥部になるので書込みをすることではないのだが、詳しい内容は省略するが、生意気な口をきいた有希に対して、怒鳴りつけたのである。(怒鳴る程の事でもなかったのだが、、)



「中学生のガキがぁ 何 ほざいてんだぁ! コノヤロー!」



いつものように大声だった。

怒ったお父さんの前で有希は人格などこれぽっちもなくなる。

お父さんに人格を全否定される。囚人のように、、、

有希は反論を許されない。なので泣くしかない。

自分は親に生意気な口を効くことやふてくされた態度を絶対に許さない。



怒ったお父さんは今時、最低の父親なのである。



いつものように封建的なお父さんの、カッとなった行動というか、思慮のない怒りである。



お父さんが叱るつける時、窓ガラスが割れるのではないかと思う程の大声がでる。

有希は泣いた。しばらく布団にもぐってひんひん泣いた。



大会前日の夜寝る時のことである。



次の日が中連だろうが、受験だろうが関係ないのである。

叱りつけるタイミングに中連もクソもない。自分はそう思ってしまう人間なのだ。

これが自分の欠点であり、未熟さなのだといつも反省するのだが、時すでに遅しなのである。



次の日の朝、大会に行く有希に弁当を渡した。有希の目は泣きつかれ腫れて顔は青白かった。

お弁当を作って手渡してくれるお父さんに文句は言えないのだろう、でもおもしろくない、お父さんとはもう口も利きたくないという、そんな思春期の女の子特有の複雑なふくれっつらだった。



こんなお父さん家庭に生まれた有希は、精神に異常をきたしている父親(そう思われてもしかたがないのだが)に服従するしかないのである。



なので、実を言うと、大会に望む有希のモチベーションは最悪だったのだ。最悪にしてしまったのは親の自分である。



腫れた目元と青白い顔で、三年生最後の中連に有希は望んだ。



案の定有希の卓球の調子も最悪だった。

もし肝心なところで有希が負け、優勝を逃したら、それはお父さんのせいだった。



なので、祈ったのである。



1日目も2日目も、ただひたすら祈りとお詫びがごっちゃになった合掌は汗だくだった。



ギャラリーの木製の手すりと自分の肉体の間になまぬるいベショベショの汗を十分気色悪く感じながら、ただひたすら祈ったのである。



中連の有希のモチベーションは最初から最後まで上がることはなかった。



その最悪の精神状態の中で上代の2つのチケットを手に入れたのだ。



親バカになるだろうが、というか自分が言うことではないのだが、そんなこんなは評価に値するものと考える。

前日怒鳴りつけ、次に日、祈りを捧げる親の自分、どちらにしても頭の良い親ではない。



個人戦でいえば、準決勝までは、有希は3ー0のストレートの快勝で勝ちあがっておかしくない。途中、かなりポイントとセットをとられ危機一髪の場面が沢山あった。足を引っ張ったのは親の自分である。



有希にすれば、お父さんにモチベーションを力いっぱい下げられ、でも、それを理由に負けたくなかったのだろう。全然上昇しないモチベーションと戦いながらの2日間、己との自爆的な精神との戦いだったのではないか。



本当に申し訳ないの一言に尽きる。



自分を正当化するつもりは全く無い。

最低の父親に正義も分もない。

こんな父親に付き合わなければならない有希の不幸はあと数年間続く。



しかし、頑固一徹、昔ながらの封建的な親父である自分には本人に謝る気などさらさらないのである。

遺書の中で散々謝ろうと決めている。

上〇代表決定戦

上〇代表決定戦(通称カミダイ)が終わった。毎度親バカ報告です。ごめんなさい。

1日目 団体戦



団体戦は全道大会がかかっている。

上川管内から8チームが出場、その中でただ一校だけが代表になり全道に行ける。

非常に狭き門なのである。



AブロックとBブロック、4チームづつに別れ、それぞれ総当りをする。(予選)

上位2位までが決勝トーナメントに出場し、準決勝(Aブロックの1位通過校とBブロックの2位通過校、Bロックの1位通過校とAブロックの2位通過校どうしが戦い)、そして決勝と続く。









予選、



Aブロック



1.ロクゴ〇中(娘のチーム)

2.カミフラ〇中

3.ビフ〇中

4.アサヒカ〇中



Bブロック



1.トキ〇中

2.トウヨ〇中

3.シベツミナ〇中

4.ピッ〇中



という布陣で争った。





一試合目はアサヒカ〇中に4ー1で快勝。

そして、まさかのまさかだった。

ロクゴ〇中は予選は楽に突破できるかと思っていたが、どうして、次の対戦相手のビフ〇中に2ー3で負けをくらわされた。



「や やべ!」と思った。後が無くなった。みんな青ざめた。



次のカミフラ〇中に勝たなければ予選敗退ということになる。

気合を入れなおしてカミフラ〇中と対戦、そして結果は4ー1の快勝。



そしてカミフラ〇中はビフ〇中に5ー0ですでに勝っている。



おそらくビフ〇中はアサヒカ〇中に勝つだろう。

さぁこれで分からなくなった。

2勝1敗どうしが三つ巴になる。



もしビフ〇中がアサヒカ〇中に勝った場合こうなる。







このような総当り表になる。



もしビフ〇中がアサヒカ〇中に勝てば、例えば3ー2とか(4ー1とかでも)で、すると、こうなる





2勝1敗どうしが三つ巴である。



この場合、どうやって順位を決めるかと言うと、同じ勝敗どうしの中で、勝ち取ったゲーム数と失ったゲーム数で勝敗を決めることになっている。



勝ち取ったゲーム数 / 失ったゲーム数 = マッチ率(ゲーム率とかセット率ともいう。旭川近郊はセット率と呼んでいる)



このマッチ率が高い方の順になる。



アサヒカ〇中は戦線離脱なので、総当り表から除外し、マッチ率はこうなる

hyou01.jpgロクゴ〇中とカミフラ〇中はマッチ率は同じになる、がしかし、

この計算が出来たとき、つーことはだ、予選2位以上が確定したので、ホッとしたのだった。



しかし、自分の計算が間違っているかもしれないので、内心は喜べなかった。

そして誰に聞いても、自分とは違う計算結果みたいなので、不安になった。(自分の計算が合っているのだと思ったが、数人に否定された、笑)。



何故意見が分かれるのか?



大半の方(子供達も含めて)は、マッチ率を計算する時、戦線離脱したチーム(上記で言えばアサヒカ〇中)との戦績も計算に入れてしまうため意見が分かれる原因なのだと思う。(正解はもつれたチームどうしだけの戦績の計算により判定する。)



じゃ、

じゃ、マッチ率が同率の場合、どうやって順番を決めるのか。



この場合、ビフ〇中の戦線離脱が決定なので、ロクゴ〇中とカミフラ〇中の2校だけで、



勝ち取ったセット数 / 失ったセット数 = セット率



を計算することになる。この場合のセットとは1人1人の戦いの、3ゲーム先取5セットマッチの、4ー1で先鋒が勝ったとか、次鋒ガ2ー3で負けたとかの個人個人の戦いのセット数のことである。



さすがにこれは自分はメモしていなかった。他の人もそうだった。審判がメモいている戦績表にもとずいて結果を待つしかなかった。

1位通過と2位通過では、意味が違う。1位通過の場合は他のブロックの2位との対戦になるため決勝にコマを進めやすくなるからだ。

今回、優勝しか全道にいけないので、3位でも2位でもかまわないという考え方が成り立つが、やはり、2位と3位の重みは違うのである。



因みにセット率も同率の場合はどうなるか、(けっこう有りえる話しである。)



勝ち取ったポイント数 / 失ったポイント数 = ポイント率





で勝敗を決める。



ポイントとはこの場合、点数のことで、13対11で1セット取ったとかの13とか11とかの点数のこと。



じゃポイント率が同率だったら、どうなるのか(まず有りえないが、)、ヤッフー知恵袋を見ると(笑)、過去に1度卓球の試合でポイント率の同率あったらしい。

しかし、あくまで噂であって、その後どうやって決めたのかは、分からないらしかった。





話を本題に戻す。





そんなこんなで、あーでもないと電卓を叩いている最中、一報がもたらされた。

最後の組合せの試合、ビフ〇中とアサヒカ〇中の結果が入ってきた。

なんとなんと、全敗を予想されていた、あのアサヒカ〇中がビフ〇中に接戦の末、勝ったと、、、



「えぇぇぇえええ!」



つーことはだ、



2勝1敗どうしはロクゴ〇中とカミフラ〇中だけとなり、ロクゴ〇中がもうすでにカミフラ〇中に4ー1で勝っているため、マッチ率対決は計算しなくても明らか。ロクゴ〇中の1位通過が決定した。





因みに隣のBブロックだが、



シベツミナ〇中が全勝の3勝0敗、1位通過決定、



そして残りの3チームは1勝2敗どうしの三つ巴になっていた。笑。

またまた三つ巴である。



これもマッチ率対決となり、トウヨ〇中の2位通過が決まった。



さすが、カミダイである。皆もつれあい白熱した死闘を演じたことになる。





決勝トーナメント一回戦の準決勝は



  ロクゴ〇中 対 トウヨ〇中

  カミフラ〇中 対 シベツミナ〇中



の布陣になった。



ロクゴ〇中 対 トウヨ〇中の準決勝だが、一度予選敗退かと青ざめて背筋がピンとなったロクゴ〇中は鉄壁だった。

3ー0で圧勝。(準決勝からは5ゲームのフルゲームでなくなり、試合進行を早めるため、3セット先取5ゲームマッチルールになる。なので3セット先取した時点で終了。)



さて決勝だが。



シベツミナ〇中が決勝に上がってきた。

このチームは強い、練習試合でも勝ったり負けたりしてる。最近またまた強くなってきた。以前より全員のツッツキのスピードが早くなった。また、ダブルスのコンビネーションが格段に上がった。

勝敗は時の運のような気がした。

5分5分の予想だと思った。

しかしここまできたら何とか勝たしてあげたい。全道に行かせてやりたい。しかし、自分は関係ないので祈るしかない。

準決勝からは、回りの台を片付けてしまい、2階のギャラリーさん達は下のフロアーの降りてきてOKとなっている。自分は全て2階で声も出さずに静かに応援するつもりだったが、真近で観戦したい気持ちに勝てず、フロアに降りて行った。



先鋒はKちゃん。相手はNO3の強敵。0ー3で負ける。

次鋒はAちゃん。相手はNO4の実力。3ー1で勝つ。



対戦は1ー1のイーブン。



3番手はダブルス同士。ダブルスは相手のチームに負けたことが無い。

確実に1つの白星かと思いきや、なんとなんと、0ー3のストレートで負けてしまった。



「や やべぇ!」皆、青くなる。



いつもはこの影のエースであるダブルスがコンスタントに勝ち星をプレゼントしてくれるため、他のシングルスが伸び伸びと練習でもしているみたいに緊張もせず勝たせてもらうというような図式だったのだが、その勝利の方程式が無くなった。



4番手は有希だった。エース同士の対戦になった。

この日の有希はめずらしく鉄壁だった。先週のモチベーションの低さから立ち直り、その反動もあってか、鉄壁過ぎて機械のように隙がなかった。

3ー1の快勝だった。



対戦は2ー2イーブン。



5番手はSちゃんである。対戦相手は実力NO2.



Sちゃんは前回、やはり5番手で出て、2ー3で負けて優勝を逃し号泣している。めぐり合わせの神様はこの子を指名することが多い。幸か不幸か、Sちゃんの持って生まれた運なのか業なのか、勝敗の鍵はまたまたこのSちゃんに委ねられた。

実力的にな向こうの方が上である。

だれもが負けを覚悟したと思う。

でも勝たせてやりたい。

こてんぱんに負けて恥じをかかせないであげて欲しい。

今日またこの子で負けると、なんてかわいそうだろう。前回も自分のせいで優勝の逃したと思ってくれたのだろう、皆に迷惑をかけてしまったと思ってくれたのだろう。しばらく泣きつづけていた。



最後の試合は向こう側とこちら側の応援合戦になった。

一喜一憂の歓声が1球1球に対し大きく反応した。



その1セット目、



6ー11の大差でSちゃんの負け。お互いのスマッシュ確率は悪かった、お互いのミスも多かった。そんな中でSちゃんは焦って見えた。Sちゃんの不用意なスマッシュミスが目立った。



2セット目。



なんとSちゃんが1セットを取り返した。1ー1のイーブン。



3セット目。



このセットも取られる。1ー2 後が無くなった。



絶対絶命のピンチになった。

しかし、

しかしだ。4セット目から相手が戦法を変えてきた。

2セット先取して守りに入ったのだろう。本日スマッシュの調子が悪そうなSちゃんの様子を見てだろう、向こうはスマッシュを封印してきた。Sちゃんに墓穴を掘ってもらおうという作戦に転じてきた。ツッツキでつないで、Sちゃんのミスを誘う戦法に切り替えてきた。

そんな時だったと思う。4セット目が始まった頃、Sちゃんは笑みを浮かべた。自分にはそう見えた。後でその時の気持ちを話していたのを聞いたのだが、



「4セット目から、なんだか分からないけど、負ける気がしなくなった。守りに入った感じに見えた。」

そんな感想をもらしていた。



その通りだった。



Sちゃんは4セット目からおもしろい程スマッショが決まりだした。Sちゃんのスマッシュはドライブ系ではなく、フラット系で直線的で速い。コートに入ったらまずレシーブすることは出来ない。まるで平手打ちで相手を思いっきりビンタするように、「パン」という乾いた音をさせて相手に脳震盪のダメージを負わせるボクシングのカウンターパンチを彷彿とさせる。前哨戦のSちゃんのスマッシュ確率の悪さは、後半戦に向けてのトレーニングテストだったのかもしれないし、肉を切らせて骨を断つ思いだったのではないだろうか。



4セット目は11ー7でゲット。



5セット目。



やはり向こうは同じく守りに徹してきた。決して攻撃的なしかけをしてこなくなった。監督に守りに徹するよう指示されたのだろう、終始消極的な動きに見えた。一方こちらの監督は、Sちゃんに打ち合いを命じた。



「お前、打ち合い 好きだろ? だったら、やってこい!。打ち合いをしてこい!」



選手を信じた監督の采配とそうでない采配が明暗を分けたのかもしれない。

その後、Sちゃんのスマッシュは小気味よく決まった。気が付くと10ー6になった。Sちゃんはチャンピョンシップポイントをむかえた。絶対にミスは許されないという思いからなのか、慎重になりすぎた相手から放たれた最後のツッツキのショットは若干宙に浮いてSちゃんのコートに入ったように見えた。Sちゃんに球出しをしたしまった感じのショットになった。勢いに乗ったSちゃんはそんなチャンスボールを見逃すやわな選手ではない。目がキラリ光った(自分にはそう見えた)。そして思いっきりボールをビンタした(そう見えた)。ボールはクロスコーナーに滑るようにワンバウンドした。レシーブ動作の暇をチラとも相手に与えない程のスピードボールだった。



さよなら逆転スマッシュだった。



優勝の瞬間だった。



その時の回りの歓声の声は、今年一番、「ワァ」と、体育館に炸裂したように思う。



試合が終わり、こちらのベンチに戻るべく歩き出した直後、いつもき然とした表情のSちゃんの顔がみるみる赤ん坊が大泣きするみたいにグシャグシャになり、よろけながら歩行困難となり皆に抱えられた。拍手と歓声はなかなかやまなかったように思う。



自分も駆け寄ってSちゃんに握手し、「おめでとう」を言いたかった。でも、咄嗟に「ありがとう」に変わってしまった



監督の先生と握手した。「ありがとうございました。先生方のおかげです」と、言いたかった。でも声にならなかった。泣きそうになったので必死でがまんした。中年男の泣き顔ほど、この世で気持ち悪いものはない。泣くと有希に迷惑をかける。恥をかかせるかもしれない。なので必死で平然を装った。



Sちゃんは最後にヒーローになった。

おいしいとこを全部持ってったとも言える、(笑)。しかし、前回、優勝を逃した時の号泣してから1ヶ月、きっと辛かっただろうなぁって思う。でもそんなことを見事に乗り越えてくれたように思える。







 最後の大会である中連は地区優勝、そしてカミダイ優勝という最高の結果になった。



1年間に5大大会があり、その内4つが優勝で1つが準優勝という快挙を彼女達はなし遂げた。

「よくがんばったなぁ」と声をかけたい。でもまだ終わりではない、全道が待っている。



評価したいのは、



 全員が本格的に卓球を始めたのは中学に入ってからだということ。信じられない話なのだが、本当の話なのだが少年団あがりは1人もいない。上位チームで少年団あがりが1人もいないチームはおそらくロクゴ〇中だけだろう。



 何かの部活に入りたいけど、自分でも出来ることはなんだろうと考えて、むしろ消去法で選択した卓球であるということ。いつどこで彼女達はこのような強いチームに化けたのだろう、理由はいろいろ上げられるだろうが、本当の理由については、それが自分には永遠の謎なのである。この謎は謎のままにしておきたいと思っている。



評価したい事はまだ続く、



 個人戦での成績はエースも含めて、ほとんどの選手が上位選手ではないということ。なんと3、4回戦敗退選手がほとんどなのである。



 3年間1人の脱落者も居なかったということ。



 全員が公立高校志願者で、学校の勉強の他に塾や家庭教師や通信教育という何がしかの受験対策を平行してやっている生徒達であるということ。



 他の競技、例えばバレーやバスケットや野球などのハデなスポーツとは違って、卓球というのは地味なスポーツであり、彼女達はそれをちゃんと熟知していて、優勝回数を増やしていっても、決して天狗にならないスタンスをもち続けたということ。



他にもいろいろあるのだが、しかし、こんな箇条書きは親バカの範疇でしかないので、この辺でやめることにする。





 なんだかんだ言って。努力が報われたことは大人として非常にうれしい。努力して報われず悔しい思いをするチームの方が圧倒的に多い中で、最高の結果が得られたというのは素直に喜んでも神様はおそらく許してくれるだろう。だが、今回の優勝は自信になるのか、逆に驕りとなるのか、彼女達は諸刃の剣を抱えこんでしまったと言えなくもない。決勝で負けた相手チームの方が長い目で見て、「負けたからかえってよかったよね」という日がくることは、きっと遠い将来でなく確実に忍び寄ってくる世のならわしのような気がする。本日の歓声と拍手は、数ヶ月もすれば、彼女達の日常の雑事の中に埋没していくだろう、でも、自分はこう思うのである。中学校生活は彼女達にとって1日も無駄ではなかったのではないか。そんな生活を与えていただいたのではないだろうか。とにかく彼女達は忙しかった。悩んでいる暇も、自殺してるような暇も、いじめたりいじめられたりしてる暇も、反抗してる暇も、おしゃれしてる暇も、泣いている暇も、悲しんでいる暇も、親に口答えしてる暇もなかった、そんなことをじっくりやってられないくらい忙しかったのである。とにかく突っ走り続けたのである。なにがなんだが訳もわからず、なりふりかまわず走りつづけたように、そんな風に思える。





 話は変わるが、うちのおじいちゃん。

うちのおじいちゃんは今現在79歳の齢年で孫(有希)の試合観戦がこの数年、楽しみになっってしまった。なので朝、大会へ行く有希の弁当を作る時、おじいちゃんの弁当も一緒に2つ作るようになった。今回、地区予選、カミダイと観戦は1週間続いた。体育館の中は卓球の場合、ゲームに影響を与えるため空調を止める。なので気温は30度を超えての観戦だった。カミダイが終わった次の日、おじいちゃんは脱水症状になり布団から起き上がれなくなった。高齢なため心配なので、とは言っても救急車を呼ぶことは死んでもイヤな性分、なので病院に連れて行った。79歳とはいえ、70キロくらいあるおじいちゃんをおんぶしたため、今自分は体中の筋肉痛と戦いながら、八百屋風情ブログの書込みをしている最中である。幸い、点滴をし回復に向かってくれた、本日は自分で立ち上がって、ご飯を食べられるようになり、1週間もすれば笑い話しになるだろう。

おじいちゃんは命がけで試合観戦をしてしまう程、孫の成長と活躍を見るのがうれしくてしょうがなくなったようだ。







追伸、



どーでもいい報告ですが、団体戦の次の日、個人戦でした。

有希はベスト8でした。ギリチョンで全道行きを決めました。



有希は団体戦でみんなと一緒に全道に行けることが決定したため、個人戦も善戦したと言えるのだと思うのですが、本人は喜びが薄かったです。

全道は遠い町で開催されるので、親の自分は見にいけません。おじいちゃんに軍資金を渡して見に行ってもらう予定でした。おじいちゃんもはりきってました。が、しかし、今回のこともあり、旅先で他の人に迷惑をかてしまう可能性もほどほどあるため、そんな理由でうちの家族は応援に行くことを断念しようと思います。



ロクゴ〇中女子卓球部の皆さん、本当にご苦労様でした。

そして世話係りをしてくれた後輩の皆さんありがとうございました。

また、女子の練習に協力的な気持ちで対応してくれたロクゴ〇男子卓球部の皆さん、ありがとうございました。



そしてRちゃん。



なかなか試合に出る機会がないのに、補欠としていつもベンチに入ってくれたRちゃん。最後までやめないでいてくれて本当にありがとう。君のためにも勝てたことがなにより1番うれしいです。

そして、何かの機会があれば、なんとかRちゃんを試合に出すチャンスをうかがうことに神経をすり減らしていたチームメートの皆さん、そんなところの君達がとてもステキだったし、そんなところの成長が回りに微笑ましさをもたらし、勝利の女神様の興味を引き付けて逃がさなかったのではないだろうか。

勝利の女神様は一体誰に興味を持つのだろう?勝利の女神様はどのチームにどんな理由で興味の矛を向けるのだろう。そんなテーマでもって、この2年半、君達のゲームを観戦してきたように思う。

親父のクセにそんな少女チックな切り口でいつも体育館の中の選手達ををながめていた。

それもこれも今日で終わりになる。



お父さんの大きな楽しみが1つなくなった。

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